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京都地方裁判所 平成3年(ワ)1439号 判決 1994年10月31日

原告

一級建築士事務所

株式会社吉村建築事務所

右代表者代表取締役

吉村光弘

右訴訟代理人弁護士

坂本正寿

森田雅之

黒田充治

被告

株式会社宮城野観光バス

右代表者代表取締役

堀井徹

右訴訟代理人弁護士

広野光俊

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇九万円及びこれに対する平成三年四月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇九〇万円及びこれに対する平成三年四月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、建築設計・工事監理等を業とする株式会社である。

2  原告は、平成二年一一月九日、被告から、被告が宮城県桃生郡鳴瀬町で企画していた嵯峨ビーチホテル新築計画について、その企画及び設計の委任を受けた(以下「本件設計委任契約」という。)。

3  原告は、本件設計委任契約に従って被告との間で企画に関する協議、調査、打合せを行い、平成三年二月一五日、被告に対し、総工費五三億二一九〇万円に及ぶホテル建築の企画設計案を提出して説明し、さらに、同日、被告が再度の企画設計を依頼したので、その後予定総工費一〇一億八四二〇万円の第二次企画設計案を完成させ、同年三月二七日に被告に提出し説明した。

4  しかしながら、平成三年四月一五日に至って、被告は本件設計委任契約を解除する旨の通告をしたため原告もこれを了承し、右契約は原告の責めに帰すべからざる事由によって履行の半途で終了した。

5  右契約終了時点までに原告が受けるべき設計料は、以下の検討によると、少なくとも三〇〇〇万円、消費税九〇万円を加えると三〇九〇万円が相当である。

(一) 建築設計・工事監理業務報酬基準に関する建設省告示に基づく報酬基準に従うと、本件の設計施工監理全体の報酬としては、ホテルの総工費一〇一億八四二〇万円の3.8パーセントが相当であり、本件で原告の行った企画設計業務は設計施工監理業務全工程の一割に該当するから、計算上報酬額は三八六九万九九六〇円となる。

(二) 建設省告示によるコストプラスフィー(必要経費及び設計料)の観点から見ても、必要経費中最大のものである人件費に関しては、一級建築士一名のほか常時約六名が四か月にわたって当該業務に携わっており、標準的な報酬日額が一級建築士につき四万八〇〇〇円、その他の者六名が各一万九五〇〇円であるから、この合計に業務日数一二〇日を乗じて得られた一九八〇万円が人件費となる。これに技術料としてその二分の一の額を加えると二九七〇万円となり、この外に交通費や事務経費を要することを考えると、三〇〇〇万円は報酬として相当な金額である。

6  仮に本件設計委任契約が成立していなかったものとしても、原告のしたホテルの企画設計は、商人である原告が被告のためにした行為で、原告の営業行為に属するものであるから、原告は被告に対し、商法五一二条に基づき、右同額の報酬請求権を有する。

7  よって、原告は、被告に対し、三〇九〇万円及びこれに対する本件設計委任契約の終了日の翌日である平成三年四月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。被告は、原告に対して嵯峨ビーチホテルに関するいわゆる設計コンペへの参加を勧誘していたところ、平成二年一一月九日、原告がこれに参加応募したに過ぎず、設計報酬支払の合意はないし、設計委任契約は締結されていない。右設計コンペの募集要領には、応募期限を平成三年三月二七日、優等者は被告が一名を選出し、報酬は優等者だけに支払うものと定められていた。これら勧誘と応募行為は、民法上の優等懸賞広告に該当し、あるいは原被告間で無償委任契約が成立したものというべきである。

3  同3の事実は否認する。原告は、平成三年二月一五日及び三月二七日の二度にわたり、被告に対して原告主張にかかるホテル建築の企画設計案を提出説明したことはあるが、優等懸賞広告に対する応募行為に過ぎず、あるいは、無償の営業活動行為であるに過ぎない。

4  同4の事実は否認する。設計コンペには、原告のほかに東京の株式会社アルクデザインパートナーズ一級建築士事務所(以下「アルク」という。)が応募し、被告の審査の結果、アルクが優等と判定され、平成三年四月一五日に被告は原告に対して落選の通知をしたものである。

5  同5、6は否認ないし争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2につき検討するのに、成立に争いのない甲第六号証の一、二、第一〇号証の一ないし六、乙第一号証の一ないし一三(枝番四を除く。)、第五号証、証人森勝敏の証言(一部)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第八、第九、第一一、第一三号証、証人鈴木洋彦の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第四号証、第一一ないし第一五号証、第二二、第二三号証、証人増田政一の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし二九、第三号証の一ないし二二、第六号証の一、二、第八ないし第一〇号証、弁論の全趣旨によりアルクの作成した模型を撮影した写真であると認められる乙第七号証の一、二、原告・被告代表者の各尋問の結果(各一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  被告は、旅客自動車運送事業、旅行業のほか、ホテル業も目的とする株式会社であり、宮城県桃生郡鳴瀬町で嵯峨ビーチホテルを経営していたが、空いた敷地を利用したリゾートホテルの建設を計画し、その設計を依頼する建築事務所を探していたところ、平成二年一〇月ころ、偶々「商店建築」という雑誌にホテル等の建築設計で掲載され話題を呼んでいた建築事務所である原告とアルクが目に留まったことから、この両者は確かな建築事務所であると考え、企画設計案の作成を依頼することとなった。そこで、原告に対しては、同月二九日に、被告従業員である鈴木洋彦が原告に電話して打診し、その後原告代表者吉村光弘が折り返し仙台訪問受諾の電話をし、一一月九日、吉村と原告次長である森勝敏が被告本社を訪ね、被告代表者堀井徹や鈴木から計画概要の説明を受け、現地の状況を見たり、鳴瀬町役場を訪ねて建築上の規制を確認するなどし、企画設計案提出に関しては、予算規模として総額五〇億円程度、提出は平成三年一月末を目処とすることとなった。ここまでの間に、被告側からは、原告側に対し、別の建築事務所に対しても企画設計案作成を依頼している旨の説明はあったが、その名前等は原告側に知らされず、原告案の採用・不採用に伴う報酬支払の有無や額等に関する言及はいずれの側からもなされなかった。吉村らは、平成二年一二月一〇日にも現地を再度訪れて、森を中心に企画設計案作成に取り掛かったが、作成は予定よりも遅れ、平成三年二月一五日に、被告本社で、原告側からは吉村、森らが、被告側からは堀井、鈴木が出席して、総工費五三億二一九〇万円のヨーロッパ風のリゾートホテル企画設計案(乙第一号証の一ないし一三(枝番四を除く)。計画説明、全体配置図、面積表、工事費概算表、イメージ写真からなる。)の提示と説明が行われた。堀井らからはこの案に対して団体客に対する配慮が足りず、また、宿泊客が一五〇名程度で少なく、三〇〇名程度にすることなどの意見が述べられたため、原告側では、それら意見を取り入れた第二次案作成と説明の機会を設けるよう希望し、被告側でもこれを了承した。そこで、原告では再び企画設計案作成に取り掛かり、三月二七日までに、収容人員を約三〇〇名、予定総工費を一〇一億八四二〇万円とした第二次企画設計案(甲第一〇号証の一ないし六。建物配置図・各階平面図・屋根伏図、面積表、工事費概算表からなる。)を完成させ、同日被告本社で提示説明が行われた。この席で堀井らは案に対して特に否定的な態度は示さなかったが、団体客への対応、宴会場の数や大きさ等には疑問も述べられ、作業の進行に関してはその後連絡することとして当日は別れた。

2  この間、被告は、平成二年一〇月二九日には、アルクに対しても同様の企画設計案作成を依頼し、一一月二日に同社の増田政一から仙台訪問受諾の電話を受けて、同月一六日にアルクの本田図夢と増田が被告本社を訪れて計画概要の説明を受け、現地の状況を見たり鳴瀬町役場を訪れるなどし、一二月二一日にもう一度仙台を訪れて被告会社に計画の粗案(乙第二号証の一ないし一七。計画概要の説明、スケッチからなる。)を示し、平成三年二月二二日に企画設計案(乙第二号証の一八ないし二九。イメージスケッチ・写真、全体配置図、面積表、各階平面図からなる。)を被告本社に持参し、提示して説明した。被告では、アルクの企画設計案はアメリカ風で団体客への対応も十分になされているように考えられ、先に二月一五日に原告から提示された案に比較してそのイメージに合っていたが、原告が第二次案を作成することになっていたため、その提出を待って採否を決することとし、原告らの第二次案提出後の四月初めにアルク作成の案を最終的に採用することに決定した。

3  被告は、平成三年四月八日にアルクに企画設計案を採用する旨電話し、原告に対しては同月一五日に不採用の電話をした。なお、アルクはその後被告の要望を基に企画設計の修正案(乙第三号証の一ないし二二)や全体模型(乙七号証の一、二)を作成し、ここまでの設計料を三五〇万円として被告に対して見積書を提出し、被告の要望で三〇〇万円に値引きし、被告は、同年五月、平成四年一月にこれを分割して支払ったが、その後被告の事情により具体的な基本設計・実施設計には至っていない。

証人森及び原告代表者は、被告が他の建築事務所にも企画設計案作成を依頼していた事実を不採用の連絡を受けるまで知らされなかったと供述するが、アルクに関しては、証人増田は時期は不明確ながらも早い段階で知らされていたと供述しており、被告においてこの点でアルクと原告を区別する理由は見当たらず、証人鈴木の証言や被告代表者尋問の結果に照らしても、競合した依頼であることは原告側にも早い段階で知らされていたものと認められる。しかしながら、原被告間で、案の採用・不採用に伴う報酬支払の有無や額についての言及はなかったものと認められ、不採用の場合は無報酬であったとの合意があったと認めるに足りる的確な証拠はない(被告代表者は原告側に無償と明言して依頼したとも供述するが、これを否定するかのような部分もあって曖昧であり、他の者の供述に照らして採用し難く、要するに、被告代表者の認識としては、外の建築事務所にも依頼しているから採用が決まるまでの段階は原告の営業活動として無償であると考えていたというに止まるものと考えられる。)。

三 以上の認定に基づいて検討するのに、本件のホテルの建築計画は、総工費が数十億円には達する規模の事業であり、口頭で企画設計の依頼はあったとしても、依頼に基づき原告がなすべき具体的な業務の範囲や段階は必ずしも明確に決定されておらず、報酬支払に関する合意は口頭ですらなされていないし、契約書等の文書も何ら作成されていない以上、平成二年一一月九日の段階はもとより、その後のいずれの段階においても、原被告間でホテル建築に関する設計委任契約が締結されたものとは認め難いものというべきである。

しかしながら、原告が請求原因6で主張するとおり、企画設計案の作成は、被告のためになされた行為であり、商人である原告の営業行為に属するものであることは明らかであり、原告は被告に対し、商法五一二条に基づき相当額の報酬請求権を有するものというべきである。

これに対し、被告は、本件はいわゆる設計コンペであり、民法上の優等懸賞広告に該当し、あるいは無償委任契約が成立していたものと主張する。しかしながら、優等懸賞広告との点については、もとより不特定多数人に対する広告は一切なされておらず、勧誘の当時明白かつ一義的な応募要項が定められていたものでもなく、到底優等懸賞広告に該当するものとは言い難いし、無償委任契約との点についても、前述のとおり無報酬との合意は認められず、本件の実態は、設計コンペであるというより、被告が経験を有する建築事務所複数に対し、個々に企画設計を依頼したに過ぎないものというべきである。そして、本件では、設計業界において原告がした程度の企画設計案作成を無報酬とする慣習があるとの立証もない(証人増田は、平成三年二月二二日の企画設計案作成までの段階は営業活動の観点から報酬を請求できなかったと供述しているが、もとよりアルクの営業政策としてであって、場合によっては有償であるとも供述しており、一般的に報酬請求権がないという根拠とはならない。)。

四  そこで、原告の受領すべき相当な報酬額について検討するのに、原告は、第二次案のホテル総工費一〇一億八四二〇万円を基に、建築設計・工事監理業務報酬基準に関する建設省告示に基づく報酬基準(成立に争いのない甲第一八号証)を適用すべきであり、原告はその業務全工程の一割を終了したと主張するが、原告のした業務は、被告が必ずしも採用するとは限らず、基本設計にも至っていない企画案を作成した段階に止まるのであり、その発想や企画内容が設計業務に占める割合の重要性を考えても、直ちに原告案で予定された設計・工事監理全工程を基礎として右の基準を適用することには疑問があり、もとより原告のした業務が設計・工事監理全工程の一割に相当するとも言い難い。また、必要経費等の観点からしても、原告の主張にかかる業務日数全部が本件の企画設計案作成業務にのみ充てられ、これだけの人件費が必要であったものとも言い難い。そうすると、本件で拠るべき基準として考えられるのは、アルクの行った業務との対比であり、その進行状況は原告とは業務過程も異なり、一概には比較できないけれども、前認定のとおり、アルクは、原告に比して進んだ業務も一部行っているが、平成三年二月二二日までの業務は営業政策上無償とし、会社としての経費の観点から三五〇万円の報酬を請求し、実際には値引きをして被告から三〇〇万円を受領していること、原告の企画設計案は工事費総額としてはアルクよりも高額のようであるが、結局被告の採用するところとならず、被告に対して現実に貢献しているものではないことなどを総合的に考慮すると、原告の報酬額は、全体としてアルクが受領した三〇〇万円と同程度であると見るのが相当であり、原告は被告に対し、右金額に消費税を加えた三〇九万円を請求できるものというべきである。

五  よって、原告の本訴請求は、金三〇九万円及びこれに対する業務終了の後である平成三年四月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言は相当でないので付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官大野勝則)

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